七日目 南部戦線めぐり
2004.5.5
本日は沖縄本島南部めぐりです。特に、戦線めぐりは気合を入れて行きます。 |
斎場御獄 | |
琉球第一の霊地。琉球開闢の始祖・アマミキヨが造った琉球七御獄の一つと言われているそうです。ジャングルのような山の中にあり、敷地内を歩いていくと右写真のような砲弾池がありました。太平洋戦争時の沖縄戦の傷跡がこんなところにも残っていました。 | |
寄満(ゆいんち)。国王のために食事を作る厨房です。当時、ここには国内外から海の幸、山の幸が集められていたそうです。そのためか、「豊穣の寄り満つる所」と理解され、現在まで拝所となっているようです。クマ兄さんが訪れたときにも地元の人が礼拝の準備をしていました。 | |
上の二枚の写真は三角岩。右上の写真の三角形の空間の突き当たりが三庫理(さんぐーい)、右側がチョウノハナの拝所で、いづれも修理城内にある場所と同じ名前をしているそうです。朝早く訪れたせいで人もまばら。なにやら神聖な雰囲気を感じる場所でした。 |
おきなわワールド文化王国・玉泉洞 | |
日本三台鍾乳洞の一つである玉泉洞を中心にいくつかのゾーンからなるテーマパーク。左写真は入場券売り場兼入口です。半日で沖縄の文化を楽しみたい!という人にはお勧めです。昔、ハブとマングースのショーをやっていたことでも有名です。 ⇒おきなわワールド |
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玉泉洞 |
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上下の写真は玉泉洞。この鍾乳洞はサンゴ礁から生まれたそうで、日本第2位全長5kmの長さを誇っています。そのうち890mが公開されています。鍾乳洞といえば入ったらひんやりするものですが、ここは違いました。外と変わらない気温、湿度でムアッとします。鍾乳洞内の川には魚やエビなどが見ることが出来ました。 | |
玉泉洞の最後には古酒蔵と名付けられた階段があり、そこは南都酒造所の貯蔵所となっていました。 | |
熱帯フルーツ館 |
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いくつかの果物が実をつけていました。一番印象に残ったのが上のパパイヤ。果物として食べられる物ですが、沖縄では青いうちに収穫して野菜として食されるようです。どっかで食べてみよ。 | |
琉球ガラス王国工房 |
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琉球ガラスは第二次世界大戦後の物資不足の中、米軍が持ち込んだコーラやビールの瓶などを利用して作り始めた色つきのガラスのことです。現在では原料調合から改良が進み、質的に向上したガラスとなっているそうです。色の種類もたくさんあってとってもきれい。でも、高い!買えないよぅ。 | |
ハブ薬草酒工場と三線工房 |
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左写真はハブを泡盛に漬けてエキスを抽出中のタンク。この中に、約150匹のハブが入っているそうです。ゲロゲロ。右は三線屋につるしてあった蛇の皮。やたらでかい!!きっと三線の絵柄になるんだろうね。 | |
エイサー |
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言わずと知れた沖縄の伝統舞踊エイサー。 | |
獅子舞?もでてきて賑やかなエイサー。 | |
クマ兄さんとペンギン姉さんの間では平井堅のあだ名のついた顔の濃いお兄さん。 | |
とても賑やかで見ごたえありました。 | |
ブクブクー茶屋 |
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大きな茶せんでブクブクと泡をたてて飲むことから、この名がついたと言われているぶくぶく茶。ソフトクリームのように盛り上がった真っ白い泡を飲む沖縄独特のお茶です。三日前にも首理で頂きましたが、ここでも再度挑戦。 | |
ハブ博物公園 |
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日本の蛇の中で一番恐ろしい蛇であるハブの生態、誕生、食性、攻撃性などを詳しく解説した博物館。上下四枚の写真は「ヘビとマングースのわくわくドッキリショー」の写真です。現在は動物愛護法により蛇とマングースのバトルは行われていません。その代わり、マングースの単独ショーとハブ、コブラ対お兄さんのショーが見られます。右下はコブラ。コブラの攻撃範囲は立っている首の長さだけ。なので、攻撃範囲が狭く、扱いやすいのでショーに良く使われるのだそうです。反対にハブの攻撃範囲は体長の半分。2m程度に成長したハブの攻撃範囲は1mにもなります。しかも性格は凶暴。世界で10本の指に入る危険な蛇なんだそうです。 | |
上の写真はハブがねずみを捕食したところのホルマリン漬け。どうやってこんなの捕まえたんだ? | |
揚げっ子バナナ330円 |
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バナナ揚げ。思っていたよりも美味しかった。たぶん、黄色くなる前のバナナを揚げているのだと思う。ぐちゃぐちゃしてなかった。でも、甘味が少ないのか、砂糖がまぶしてありました。 |
約半日、おきなわワールドを満喫した後、平和記念公園へ。 移動時間は約20分。台風が来ていて天気が良くない沖縄南部の移動でし た。 |
平和記念公園 | |
昭和20年3月下旬、米軍による沖縄諸島への空襲と艦砲射撃が開始され、3月26日に沖縄本島の横にある慶良間諸島へ米軍が上陸、4月1日には沖縄本島へ上陸しました。日本軍は「本土の確保」を作戦の目的とし、沖縄守備軍の任務を米軍を沖縄に釘付けにし、本土の防波堤としました。そのため、沖縄は国体護持のための持久戦の場とされました。軍司令部は首理の陥落が目前に迫ると南部へ撤退。日本軍の作戦は最後の一兵になるまで抵抗を続けるというものでした。この作戦のため沖縄住民の四人に一人が戦闘に巻き込まれました。 この沖縄戦の最大の激戦地であった摩文仁の丘一体が現在は国定公園として整備されています。 |
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平和祈念堂 |
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摩文仁の丘にそびえ立つ沖縄平和祈念堂。7つの海と合掌の形をあらわした正七面体の塔です。堂内には平和記念像が鎮座しており、クマ兄さんとペンギン姉さんが訪れたこの日はちょうど子供の日であったので「第22回こどもまつり」が開かれていました。でも、入場料はちゃんと取られました。 | |
平和記念資料館 |
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1945年3月末、「鉄の暴風」と呼ばれた空襲、艦砲射撃、そして地獄の戦場となった地上戦が沖縄の島々に襲い掛かります。この史上まれに見る戦闘である沖縄戦の特徴は軍人よりも一般住民の戦死者のほうがはるかに多いということでした。平和記念資料館は戦争体験を結集し戦争の恐ろしさを次の世代に語り継ぐ役割をになっているところです。 | |
平和記念資料館は写真撮影不可のため館内の展示資料の写真は取れませんでした。館内展示の内容は太平洋戦争に至った国際情勢、沖縄戦の戦闘経緯、住民をも巻き込んだ地上戦がくわしく解説されていました。資料館の外には旧日本軍の酸素魚雷(左)や米軍戦車のキャタピラ(右)などが展示されていました。 | |
平和記念公園 |
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広大な敷地が広がる平和記念公園には、沖縄戦で犠牲になったすべての戦没者の名前が平和の礎に刻まれています。ここへ来るとどれだけ多くの人がなくなったかが実感できます。平和記念資料館を見て、戦没者の数の多さに驚き、悲しくなったクマ兄さんには曇った天気が寒く感じました。左は式典広場。 |
ひめゆりの塔 | |
沖縄師範学校女子部・沖縄県立第一高等女学校生徒を祀った慰霊塔であるひめゆりの塔。両校の生徒達によって編成された「ひめゆり学徒隊」が最後に看護活動を行っていた旧陸軍第3外科壕跡の脇に建っています。 | |
旧陸軍第3外科壕跡。部隊がここへ移動したときには医薬品や食糧はほとんど無かったそうです。そして米軍が間近にせまった1945年6月18日夜、突如「解散命令」が出され、生徒たちは米軍の包囲する戦場に放り出されてしまいます。この「解散命令」後、壕から出るもの残るものと本人の判断に任されたそうですが、数日間で、100余名のひめゆり学徒が死亡してしまったそうです。 | |
ひめゆり平和記念資料館。夢見る年頃のごく普通の明るい青春を戦時色に塗りかえてしまう「戦争と教育」、看護要員として配置された南風原の沖縄陸軍病院の様子などが詳しく解説されていました。若い女の子が砲弾の下をかいくぐりながら傷病者の看護をし、戦渦に巻き込まれて死んでいく・・・。ここの展示を見ると戦争の残酷さ、悲惨さが痛感されます。 |
海ぶどう屋 | |
牧志公設市場からちょっと入ったところにある海ぶどう屋。クマ兄さんとペンギン姉さんのツーショット写真の後ろの水槽には海ぶどうが泳いでいます。海ぶどうのちゃんとした名前は「クビツタレ」。海草です。口の中でプチプチとはじけ、その後にはトローッとした液体が口の中に広がります。茎の部分も一緒にとろけます。おいしい!!家に帰って近くの沖縄料理屋で食べたときはしょっぱいだけであまり美味しくなかったので、鮮度が重要なのでしょう。沖縄に行ったら是非食べてもらいたいお勧めの一品です。 | |
海ぶどうマグロ丼(左)と海ぶどうちらし寿司(右)。店内ではオーナーのおっちゃんが一杯やりながら声をかけてきます。あまりに気さくに声をかけてくるので最初はどっかの酔っ払いかと思っちゃいました。 |
ブルーシールアイス | |
沖縄のアイスといったらブルーシールアイス。なんでこんなに有名なのかクマ兄さんは良く知りません。でも、おいしいから良いでしょう。左上の写真は国際通りのお店。 |
居酒屋 まんじゅまい | |
沖縄最後の夜は何か沖縄っぽいことを満喫したい!!と、思いついたのが民謡ライブをやっている居酒屋に行こう!というものでした。国際通りをぶらぶら歩いているとたしかに民謡ライブをしているお店はいくつかありますがお値段も結構高い。その上、客引きに声を掛けられると引きまくってしまうクマ兄さんとペンギン姉さんはなかなかお店を決められませんでした。そんなときに、客引きがいなくぽつんと看板だけが歩道に立てられているのを発見。このお店にきーめた、と行ってみたのが「まんじゅまい」という居酒屋でした。 | |
ドアの外から店内を覗くとすでに民謡ライブが始まっていました。入ろうか悩んでいると店員さんが店内に案内してくれるので入ってみることに。クマ兄さんが入ってすぐ休憩になってしまったのですがしばらくすると後半戦が開始。母娘で歌う民謡は言葉の意味がまったく理解できませんでしたが、とっても良い歌声でした。民謡ライブの最後にはクマ兄さんとペンギン姉さんも立って一緒に踊るのを促され、見よう見真似で踊っちゃいました。 | |
左はパパイヤチャンプル、右がゆしどうふ。美味しかったです。後から知ったのですが、地元では結構有名なお店みたいですね。安くて美味しくて量も多く、クマ兄さんお勧めのお店です。 | |
次の日の朝のまんじゅまい。国際通りと平行に走っている道沿いにあります。お勧めだけど、場所は良く覚えていないなぁ。 |
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