五日目 北京市内観光

2005.1.3



  この日は北京観光二日目。そして中国観光の最終日。



胡同めぐり
 この日の最初は三輪自転車に乗って胡同めぐりです。三輪自転車の後ろにクマ兄さんとペンギン姉さんが乗り込むとオッチャンが一生懸命自転車をこいで胡同まで連れて行ってくれます。胡同までの所要時間は7,8分くらいかなぁ。
 モンゴル族のフビライが中国を征服し、元王朝を興した頃、内モンゴルから胡人と呼ばれる人たちが北京にやってきて中国を支配しはじめました。この胡人たちは外的の侵入を防ぐために、通りに面した壁には窓を作らず、中庭を囲むように建物を建てる四合院造りと呼ばれる建築様式を採用し、このような家が連なって胡同と呼ばれる町並みを作ったそうです。このツアーは胡同の町並みを歩き、一軒の家を訪問するというものでした。
 胡同の中を歩いていると左上の写真のように練炭を台車に乗せ自転車で引いているのを見かけました。この辺りではいまだに練炭ストーブが現役なんだそうです。
右上の写真は地元の家の門。門の両脇に変な石碑があります。白いやつ。これは中に住んでいる人の職業を表している、と言っていたような・・・。
 左写真は四合院造りの家の中。中庭には木が植えられ、家庭菜園も作られていました。



景山公園
 景山公園の入り口。入り口の脇では地元の老人が羽根を使った蹴り羽根?をやってました。この景山公園は故宮の北側にあり、故宮を一望することができます。
 この景山公園は近くにある北海を掘り起こした土を使って造られた人工の山なんだそうです。標高は92mもあるそうです。右の写真は明代最後の皇帝が首を吊って死んだ木があった場所。
 頂上の楼閣(左上)から眺めた故宮(右)。南北の線にきちんと並べられて門が配置されていることが良くわかります。
 楼閣の北側に回ると景山公園を超えて北側にある鐘楼まできちんと南北に並んでいました(左)。標高92mの景山公園からは北京市内はとても広く見渡すことができます。景観や文化遺産を守るために、法律で市内中心部には高い建物が建てられないようになっているそうです。



瑠璃厰
 瑠璃厰とは骨董品、書画、文房具などを取り扱う店が集まる商店街。清の時代の町並みを再現した通りになっています。清の時代って結構華やかだったんだねぇ。
 地元の人も結構買いにきていますが、観光地化も進んでいてお土産屋さんもたくさんありました。
 お土産屋さんもたくさん出ています。でもここではあまり日本語は通じません。電卓を使って値段交渉です。他の場所では印鑑彫ってました。その場で作ってくれるそうです(右)。



飲茶
 売り文句は広東風飲茶。でもレストランでテーブルについたら普通の料理ばかり。あれっ?飲茶は?と思い始めた頃に饅頭やシュウマイが登場しました。でも一番美味しかったのはピータン粥。ホテルでも毎日、朝食にピータン粥を食べていましたが、これはかなり美味しいね。この旅8回目の中華料理でした。毎食毎食中華料理を食べていましたが、割と飽きずに食べましたね。料理がかぶる事も多々ありましたが。これが一ヶ月くらい続いたらさすがのクマ兄さんも飽きるかもね。



頤和園
 昼食を食べた後は頤和園へ。頤和園は清朝の離宮で1764年に乾隆帝が造園したもの。1860年のアヘン戦争で荒廃したそうですが、後に西太后が修復し、隠居所にしたそうです。右の石は寿星石と呼ばれ1886年に今の北京大学のあたりから運ばれてきたそうです。
 頤和園の7,8割の面積を占める昆明湖。乾隆帝が造った人工の池なんだそうです。この日の北京の気温は−1℃。昆明湖は凍っていてどこまでも歩いていくことができました。つるつるなので転びそうになりながら記念写真をパチリ。昆明湖の向こうには仏香閣が見えます。とってもきれいな場所でした。寒かったけど。
 左は知春亭の脇にある楼。とっても中国っぽい。右は徳和園の入り口、宜芸門。徳和園は西太后の為の劇場だったそうです。徳和園の中の頤楽殿は西太后が観劇する所で身分の高い女性しか入ることができず、当時の皇帝でも廊下で観劇したんだとか。
 左写真が長廊の入り口。この長廊は拝雲殿をはさんで750mの長さがあります。途中には4箇所も休憩所があります。この長廊、夏はかなり涼しいので人が欄干に腰をかけてずっと並んでいるそうです。
 長廊の天井や欄間にはたくさんの絵がかかれています。その数、8000枚以上。三国志や西遊記などの絵が描かれているそうです。
 左写真の大理石でできた船が有名な清晏舫。乾隆帝が絶対に沈まない船を清王朝にたとえて造ったものなんだそうです。



 頤和園の観光を終えると、その後の予定が夕飯まで無くなってしまいました。なので
一度ホテルへ撤収。クマ兄さんは2時間ほどホテル周辺を散策しました。




ホテル周辺の街並み
 ホテル「京広新世界飯店」の目の前の大通り。交通量もかなり多い道なのですが、三輪バイクなどがのんびりと走っていたりします(左)。トロリーバスは連結タイプでした。その脇には車道で1.5車線分くらいある自転車用道路。さすが中国。
 ホテルは京広新世界飯店でした。でもフロントには日本語を話せるスタッフはいません。一応★★★★★なんだけどね。道路標識には自転車通行帯がきちんと表示されていました。
 道端でなにやらゲームをしているおじさんたち(左)。外は氷点下なのにゲームに夢中。なぜ家の中でやらないのか?右は北京市内でよく見かけるタクシー。運転席の周りは防犯のために鉄格子で囲まれています。中国ではお客さんは普通に助手席に座ります。中国人がタクシーに乗る場合、荷物をたくさん持っていれば後ろの席、一人で荷物もほとんど無いときは、後ろと助手席に座る割合は半々なんだそうです。西安では運転席と助手席に二人で乗っているタクシーがほとんどで、助手席の人は誰?と不思議に思っていましたが、お客さんだったんですね。
 空調バスって何?エアコンが付いているってこと?じゃ、空調バスって書いてないのはエアコンが無いってことだよね?暖房は入るのかな?右の写真は北京雑技団の劇場。宿泊しているホテルのすぐ近くでした。 
 交差点で交通整理をしていたオヤジ。日本風で言うと交通指導員ってとこかな?横断歩道を渡る人がいれば赤い旗を振って車をとめようとしてくれます。でも中国では赤信号でも右折可。このオヤジを轢きそうになりながらオヤジの脇をすり抜けて交差点を右折していく車が絶えません。このオヤジ、いつか轢かれます。そして、このオヤジをあてにして横断歩道を渡るととっても危険です
 (右)ホテルの近所を散歩していて気づいたのですが、北京の町は住宅地、商業地などがはっきりと分けられていました。まぁ、日本でも団地があるんですから不思議ではないけど。右の写真はその住宅地から各地域に向けて出発を待っているバス。ここはバスステーションになっているようです。でも、並んでいるバスはぼろいものばかり。空調バスなんてありません。このあたりは所得の少ない人たちの団地だったのかな?
 リヤカーで何かを売りに来たおばあちゃんから何かを買うおばさん(左)。そして、右は警察か軍隊かわからない制服とコートを着て三輪自転車の二人乗りをする若者(右)。
 北京の道路整備は西安に比べればかなりきれいです。でも、歩道のほうまでは手が回らないようで、歩道はデコボコ。歩行者でもよそ見をすると転んでしまいそうです(左)。右は三輪タクシー?オヤジがバイクを乗るように運転していますが、乗客?と思われるおばあちゃんが後輪の上あたりに後ろ向きで乗っていました。スピードも出ないこの乗り物。車に接触されたら中の人はかなり危険です。



四川料理
 夕飯は王府井にある四川飯店で四川料理。マーボー豆腐やエビチリ、オコゲなどまたしても中華料理(四川料理)のフルコース。この旅9回目。



王府井
 夕飯の四川料理をたらふく食べた後、腹ごなしに王府井を散歩。王府井天主堂(左)やデパート(右)など、お土産屋さん以外にも見渡せば面白いものがたくさんありました。でも、このときの気温は-1℃。かなり寒いっす。
 新東安市場というデパートの前には人力車や床屋(左)の像がありました。名物になっているようですね。



おまけ
 デパートで見つけた生茶。よく見ると「低糖」と「元糖」と書いて
あります、って砂糖入りかいっ!



四日目 最終日
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